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厳美渓案内 一関市周辺観光案内

一関観光案内 <厳美渓の観光には、入場料等不要です >


奥州藤原氏が、北上してくる敵から平泉を守るために関所を置いたのが一関の由来の1つとされている。一関は世界遺産登録を目指す遺跡や寺、テーマパークなどが多数存在し、観光地として充実しているので是非一度足を運んでもらいたい。

 
中尊寺 嘉祥3年(850)慈覚大師【じかくだいし】の創建と伝えられている中尊寺。その250年ほど後、藤原清衡が江刺豊田館より本拠を平泉に移し、中尊寺の造営に着手しました。最初院【さいしょいん】とも号した多宝寺や大長寿院など、清衡は次々に大伽藍【がらん】を完成させていきます。天治元年(1124)金色堂が完成。
七宝珠玉を贅沢に用いた金色堂は、他に類を見ない平泉独自のものです。

毛越寺 毛越寺は慈覚大師円仁が開山し、藤原氏二代基衡(もとひら)から三代秀衡(ひでひら)の時代に多くの伽藍が造営されました。往時には堂塔40僧坊500を数え、中尊寺をしのぐほどの規模と華麗さであったといわれています。奥州藤原氏滅亡後、度重なる災禍に遭いすべての建物が焼失したが、現在大泉が池を中心とする浄土庭園と平安時代の伽藍遺構がほぼ完全な状態で保存されており、国の特別史跡・特別名勝の二重の指定を受けています。
平成元年、平安様式の新本堂が建立されました。

夢館

初代清衡が築き、基衡、秀衡時代に黄金期を迎え、泰衡時代に滅亡した奥州藤原氏。
平泉を舞台に栄華を極めた百年間のその歴史を「興味をもって、楽しく、わかりやすく、そして正確に」をテーマにパノラマ形式で展開したのか夢館。 107体のロウ人形と、迫力のある演出効果(ホログラム、パノラマ、音響、照明など)が歴史的を立体的に表現し、臨場感溢れる場面を体感できます。

厳美渓 石英安山岩質の凝灰岩に川が流れ、滝と瀬と渕が入り組んだ複雑な景観を成している。川床には、激しい水流で石が回転し、長い年月で穴をあけた甌穴(ポットホール)と呼ばれる丸い穴が形成されている。明治6年に太政官布告で地盤国有公園となり、さらに昭和2年、国の名勝及び天然記念物の指定を受けた。皇室関係者の宿泊先にもなった一関市の奥座敷であり、主要な観光地である。
栗駒山を源に流れる磐井川が巨岩を浸食し、甌穴・滝・深淵と表情を変え2キロメートルにわたり渓谷美を見せる。対岸からロープウェイに乗ってやってくる「空飛ぶだんご」も名物です
一関市博物館 一関を中心とした地域には、岩手県における弥生文化の指標となる谷起島(やぎしま)遺跡や、古代・中世期の平泉をひかえた骨寺(ほねてら)荘園などがあり、近世紀には一関藩の城下町がおおいに発達しました。特に近代以降は、岩手県南、宮城県北の政治・経済・教育等の中核として、特色ある文化を形成してきました。この間、多くの人材をも世に送り出してきたことは言うまでもありません。
  このような歴史の歩みとその結果生み出された最も特色ある部分を、テーマにしぼって紹介しようとしたのが一関博物館であります。
達谷窟 延暦20年(801)坂上田村麻呂が蝦夷討伐の戦勝記念と仏の加護への感謝を込めて造営。京都の鞍馬寺から毘沙門天を勧請し、百八体の毘沙門天を祀ったといわれます。当時、達谷窟には悪路王という蝦夷の首領が住んでおり、田村麻呂に征伐されたという伝説が残っています。この伝説は田村物語として中世文学に大きな影響を与えました。源頼朝も、鎌倉への帰路、参拝しています。
 また、北限の磨崖仏があることでも有名です。
みちのくあじさい園 6月下旬から約1ヶ月間、杉山の小路は色鮮やかな「あじさい」の花に彩られる。約1.5kmの散策路の両側には約200種2万株のあじさいが咲き、樹間の風はひんやりと澄みきって、まさに花の森林浴。休憩所も整備され、ゆったりと自然を満喫できます。


■開花時期 6月下旬〜7月下旬

 
 
中尊寺 夢館 毛越寺 みちのくあじさい園 達谷窟 一関市博物館・道の駅厳美渓 厳美渓